「妥協くせ」をつけないという話

前回の記事にもつながるのですが、2017年、さすが「仲間や家族」がテーマだけあって、人とよく話をするようになりました。(どんだけひきこもってたんだよ笑)

人と会って話していると、やっぱりいろいろと感じるところが多くって、えーこういう考え方もあるんだーと他人を理解することと同じぐらい

自分ってこういう人間なんだな

と気づかされる瞬間があります。違いに出会って初めて気づくことって案外自分の意識してなかった一面なんですねー。びっくり。

つい最近、

エクレアってたまにむしょーに食べたくなるよねーみたいな話から派生して、

エクレアが食べたい。
けれども今シュークリームしか売ってない。
でもエクレアを探しにいく時間はない。

みたいな時、どうする?ってなって、私は

エクレアないなら、我慢する。
シュークリームは買わない。
で、時間ができたらエクレアまた探す。(そん時エクレアどうでもよくなってるかもだけど)

でしたが、

とりあえずシュークリーム買っておく。

という人ももちろんいるわけで。

その時に、この

「エクレアだと決めたら絶対にエクレア」
「他のもので代用するとかありえない」

という私のこだわりってどこからきているんだろう?って掘り下げてみたんです。

で、結果

日常的に下している小さな決定や思考のくせが人間性をつくる。

ということを私は大事にしていて、

小さい事で妥協を許していると、大きな決断でも妥協するようになる。

と思っているんですよね。

私は「人間は連続した存在である」と思っていて、たとえば「仕事で不誠実なのに、恋愛では誠実」とかその逆も、あまりないと私は思っています。

たいていは、誠実な人はどんな場面でも誠実で仁義を尽くすし、不誠実な人はどんなに誠実をとりつくろってもやっぱりほころびがでたり、結局自分の事しか考えてないなーなんてことが透けて見えたりする気がします。
逆に、愛する人ができて「だめだ変わらなきゃ!」ってなかったら、仕事にも絶対に誠実になると思うんです。

で、この「連続性」というのは、仕事や恋愛のジャンル違いのことだけでなく、
「日々の小さなこと」と「人生を左右する大きな決断」もつながっていることだと思っています。

小さい事で「これでいいや」を繰り返していると、もっと大きなことでも「まぁこのくらいでいいや」ってなると思うんです。人間て。

私はほしいもののために、我慢もするし、努力もする。
妥協くせはつけたくないのです。

実際、仕事をしていると「ベストアンサーはわかっていても、さまざまな問題で今はベターしか選べないこと」ってあります。
今でこそ会社も10年で、自分のやりたいことがわりと自由にできるようになりましたが、最初は本当に制約ばかりだった。
それは、お金の問題や時間の問題、取引先や法律の問題などなど多岐にわたって、自分の中のベスト!をあきらめなくちゃいけない場面があって、それは「まぁこれでいっか」ということではないので、「妥協」という言葉があてがわれるのが不本意でならないのですが、結果的にそうなってしまうことってありました。

たぶんそれがとても悔しくて悔しくて仕方なかったから、

どんなに小さいことでも「今はこれしかないからこれでいっか」はなるべくしない。
無理してでも、ベストを選べる自分になる!

とどこかで決めたんだと思います。

このエクレア問題に正解はありません。
それぞれがそれぞれに納得すればいい話だし、シュークリームを買ってそれを美味しく食べられればそれだって幸せなこと。

でも、私は、やっぱりシュークリームを我慢して、「絶対食べたいエクレア」を探します。
生きづらいかもしれないけど、私はそういう生き方を選んでいるんだなーと思いましたとさ。

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